LOGINぞっとした。皮膚の内側に冷たい水を流し込まれたみたいに。
「お待ちください」
セレフィアの声は、かすれそうになりながらもどうにか形を保った。
「そんなこと……できません。私はお姉様ではありません」
「だから何だ」
父の返答は早い。
「辺境伯はお前たちを見分けるほど、細かく顔を覚えているわけではない。婚約からこれまで、実際に顔を合わせたのは数度。しかも挨拶程度だ。問題ない」
問題ない、という言葉が、ひどく気味悪く響いた。
たしかに、オルフィーヌと辺境伯ゼルヴァンの対面は多くなかった。婚約成立後に行われた顔合わせ、冬の夜会での短い挨拶、それから王宮主催の祝宴で一度、遠巻きに並んだだけ。辺境伯は頻繁に王都へ滞在するような男ではなかったし、婚約後も実務を理由に北へ戻っていた。
だが、だからといって。
それで欺けると、本気で思っているのか。
いや、違う。父と母は、欺けるかどうかなど、本当はどうでもいいのだ。婚礼の当日まで、あるいは辺境へ送り込むまで、体面が持てばそれでいい。あとの混乱は、その時点でどうにかするつもりなのだろう。あるいは、どうにもならなければその時はその時で、責任のいくつかをセレフィアへ押しつければいいと、どこかで考えている。
「嫌です」
言った瞬間、空気が止まった。
自分でも驚いた。はっきりと、言葉になったことに。今までなら、喉の奥で消していた声音だった。
母の目が見開かれ、すぐに細まる。
「何ですって」
「嫌です」
もう一度言う。今度は唇が震えた。それでも、引っ込めたくなかった。
「私にはできません。辺境伯様を欺くことになりますし、お姉様が戻られた時にだって――」
「戻らないかもしれないでしょう!」
母が叫んだ。扇を握る手が大きく震え、骨ばった指の白さが際立つ。
「戻る戻らないの話ではありません!」
思わず声が強くなる。普段なら決してしない言い返しだった。けれど止められなかった。
「これは、お姉様の婚礼です。私がその代わりになど」
「代わりにしかならないからよ」
母の言葉が、ぴしゃりと落ちた。
その声音は、不思議なほど静かだった。怒鳴り声よりも、ずっと深く刺さる静けさだった。
「……お母様」
「お前は昔から、あの子の代わりでしょう」
呼吸が止まる。
母の顔には、激情よりもむしろ、当然の理を述べる冷たさがあった。長年胸の内で育ててきた考えを、ようやく口にできるというような、奇妙な滑らかささえあった。
「オルフィーヌが嫌がる稽古はお前が先に覚えた。あの子が面倒がった礼状はお前が書いた。詩会の下書きも、招待客への返事も、贈り物の選定も。婚約後の返書だって、最終的にはお前が整えていたではありませんか」
セレフィアの指先が、すうっと痺れていく。
家令も侍女も、誰も顔を上げなかった。彼らは知っているのだ。知っていて、何も言わないのだ。
「お母様、それは」
「何が違うというの」
母は一歩、セレフィアへ近づいた。香水の匂いが鼻先をかすめる。鋭く甘い、白百合と琥珀を混ぜたような香り。幼い頃から母の部屋に染みついていた匂いだ。その香りが、今はどうしようもなく息苦しい。
「手紙を書けるなら、花嫁の役もできるでしょう。お前はそういうふうに育てたのですから」
そのために育てた。
その言葉が、まるで冷たい刃のように、遅れて胸の中心へ沈んでいく。
幼い頃の記憶が、断片的に浮かんだ。
姉が匙を投げた刺繍の見本を、夜更けまで灯りの下で仕上げたこと。褒められたのは姉だった。
舞踏会の招待への返事を、癖の強い貴婦人ごとに言葉を変えて書き分けたこと。署名は姉の名だった。
詩会で発表された恋の小詩が、社交界で“オルフィーヌ嬢の繊細な感性”と持て囃された夜。控えの間で、インクのついた自分の指先だけが黒く汚れていた。
婚約後に届いた辺境伯からの簡潔な手紙。雪解けの遅れ、北境の備蓄、王都滞在が短くなる詫び。飾らない文字。そこに返す言葉を、姉は退屈そうに丸投げした。
――こういう堅いの、あなたのほうが上手でしょう。
そう言って。
セレフィアは、胸の奥で何かがゆっくり軋むのを感じた。
「……私は、お姉様ではありません」
かろうじて、それだけを言う。
「知っています」
母が即座に返す。
「ですが、この家の娘です」
父がそこで口を開いた。低い声は、母の刃のような冷たさとは違う、石のような重さを持っていた。
「ヴァルダンジュ伯爵家は、この婚姻を失うわけにはいかん。辺境伯家との関係が損なわれれば、王都での立場も揺らぐ。今後の融資、王宮での後押し、南方の取引にも響く」
娘の人生ではなく、家の盤面の話をしている声音だった。
「お前一人の感情で、家全体を危うくするつもりか」
「感情ではありません」
セレフィアの声は、震えながらも途切れなかった。
「私は人を騙して結婚などしたくありません。そんなことをしたら、いずれ必ず」
「いずれ、ですって?」
母が鼻で笑った。その笑いはひどく乾いていた。
「その“いずれ”の前に、婚礼当日があるのです。三日後よ、セレフィア。三日後には王家からの使いもいらっしゃる。招待客も、神官も、辺境伯家の人間も。そこで花嫁がいないとなれば何が起こると思うの」
わかっている。
見世物のように噂が広がる。伯爵家の長女が婚礼前に逃げたと。相手は辺境伯だ。北辺を背負う有力貴族に対して、王都の伯爵家が侮辱を働いたと。家の損失は大きいだろう。父母が顔色を変えるのも理解できる。
けれど。
王都なら、こういう礼にはたいてい余計な飾りがつく。気の利いた比喩や、少し芝居がかった褒め言葉や、相手の機嫌を取るための温度。けれどリュゼルにはそれがない。ただ本当に助かったと思ったことを、そのまま伝えに来たのだと、顔にも声にも出ている。「……役に立ったのなら、よかったです」 セレフィアはそう返す。 「喉は一度傷めると長引きますものね」「はい」 リュゼルは強く頷く。 「特に春先は、昼に気が緩んで、夜にまたやられるので」 それから、少し躊躇いながら続ける。 「奥方様は……その、こういうことをよくご存じなのですね」 セレフィアは、その問いにどう答えるべきか少し迷った。よく知っている、と胸を張るほどではない。だが何も知らぬふりをするのも違う。結局、正直に答えることにする。「細かなことを気にするのは、昔から得意だったのだと思います」 リュゼルの目が、そこでぱっと明るくなった。「得意なことを、ちゃんと人のために使えるのはすごいことです」 あまりにも迷いのないその言葉に、セレフィアの胸の奥が少しだけ揺れる。 役に立つ。助かる。必要だ。そういう言葉には、この城で少しずつ慣れてきた。けれど「すごいことです」と真正面から言われるのは、まだどうしてもむず痒く、落ち着かない。「そんな」 思わず小さく首を振る。 「大したことでは……」「大したことです」 リュゼルはきっぱり言った。 「自分たちでは、喉が痛い、寒い、眠い、くらいまではわかっても、それをどう手当てすればいいかまではなかなか」 それから少しだけ視線を逸らし、また戻す。 「しかも、奥方様は兵だけでなく、洗濯場や厨房にも同じように考えてくださっていると聞きました」 彼は真面目な顔で続ける。 「そういう方を、俺は尊敬します」 尊敬します。 その言葉が落ちた瞬間、セレフィアは自分の背筋がわずかに伸びるのを感じた。嬉しさもある。だがそれ以上に、その言葉の重みがある。彼はおそらく、奥方だから礼を言っているのではない。本当に、目の前の行いへ敬意を払っているのだ。 こういう種類のまっすぐさに、セレフィアはまだ弱い。 王都では、敬意は格式や血筋や見せかけの所作へ向けられることが多かった。ここでは違う。リュゼルの目にあるのは、働きそのものへのまっすぐな敬意だ。「……ありがとう」
城の朝は、いつのまにか少しだけ音を変えていた。 冬の深い時季には、朝の気配はもっと低く沈んでいた。扉の開閉も、靴音も、声も、すべてが寒さに押さえ込まれたように小さく、石壁の中へ沈んでいく。けれど春の端がようやくこちらへ近づきはじめた今は、まだ冷たい空気の中にも、どこか抜けのよい響きが混じる。中庭で桶を置く音が少しだけ高くなり、遠くで馬の蹄が石を叩く音も、冬の盛りより乾いて聞こえる。朝の火起こしの匂いにも、薪だけでなく、どこか湿った土の気配が混じりはじめていた。 その朝、セレフィアは東翼の一角にある小さな薬草乾燥庫で、瓶の数を確認していた。 先日整えた風除け布はもうきちんと内扉のように馴染み、扉を開け閉めするたびに流れ込んでいた湿った風は、以前よりずいぶん抑えられている。棚の位置を変えたことで、喉向けの細い葉も、眠りを整えるための柔らかな花も、乾き方が以前より揃ってきた。たったそれだけのことなのに、瓶へ詰めたあとの香りの立ち方まで少し違うのだと、セレフィアは気づいていた。 薄く陽の差し込む棚の前で、指先へ瓶の重みを移しながら、彼女は一つひとつ札を確かめていく。冷えを散らすもの。喉をやわらげるもの。頭の張りをほどくもの。眠りの浅い者向けのもの。王都でこっそり自分のためだけに調えていた頃とは違う。いまはこれが、城じゅうの人間の一日や一晩へ、少しずつつながっているのだと思うと、胸の内側が静かに熱を持つ。 薬草茶を配ることも、保温室の衝立も、毛布の色糸も、もうすっかり城の中へ根づいていた。 厨房の若い男は朝のうちに「今日は外の荷運びが多いので、喉のほうを少し」と言いに来るし、洗濯場の女たちは色糸を見ただけで手早く夜番用の毛布を選び分ける。保温室の戸口へ立てた衝立は、誰も褒めたりしない代わりに、もう何の違和感もなく使われている。そういう「当たり前になっていく」変化が、セレフィアにはたまらなく嬉しかった。 大きな改革ではない。 けれど、確実に人を助けている。 それを、ここでは誰も大げさに言わない。だからこそ、なおさら本物に思えた。「奥方様」 背後で呼ばれ、セレフィアは振り返った。ネリサではない。まだ若い侍女が、少し息を弾ませながら立っている。「どうしましたか」「中庭でございます。騎士団の訓練のあとに、何人かに喉向けのお茶をお出しできるかと……」
客間へ戻る途中、廊下の角でゼルヴァンとすれ違った。彼は執務室から出てきたところらしく、手には巻いた書類を持っている。足を止めると、視線がまずセレフィアの顔へ、それから彼女の手元の紙束へ落ちる。「見てきたか」 人前だ。向こうからバルタザルも歩いてきている。だから呼び名は使われない。ただ、その声の落ち着きに、セレフィアはすぐ気づく。「はい」 彼女は答える。 「もう、動いていました」 ゼルヴァンは短く頷くだけだ。「間に合ううちに動かしたほうがいい」 それだけ。 まるで当然のことのように。大したことではない、というふうに。けれどその当然さが、どれほど胸を揺らすかを、たぶん彼はわかっていない。わかっていても、わざわざ言わない人なのかもしれない。「ありがとうございます」 セレフィアは小さく言う。 ゼルヴァンは書類を持ち直し、ほんのわずかに目を細めた。「礼を言うなら、使う者に言われてからでいい」 それから、言葉を足す。 「案を出したのはお前だ」 その一言が、また静かに胸へ落ちる。 人前では奥方。二人きりならセレフィア。だがこうして人前でも、ときどき彼は呼び名を省いたまま「お前」と言う。役目の名前より少し近く、けれど私的すぎない、その曖昧な距離に、セレフィアはまた胸の奥をわずかに熱くする。 ゼルヴァンはそれ以上話さず、去っていく。書類の束を抱えた背中は相変わらず無駄なく、歩みも迷わない。なのに、その背中の後ろへ、言葉より先に手を打つ人のやさしさがはっきり見えてしまう。 セレフィアはその場で少しだけ立ち止まった。 言葉より先に手を打つ。 自分の案が形になるよう、予算と人手を先に押さえておく。 それは「好きだ」と言われるよりも、彼らしい愛情の形に思えた。いや、まだ愛情と呼んでよいのか、確信は持てない。けれど少なくとも、そこには特別な目配りがある。自分の言葉が埋もれないよう、働きがきちんと現実になるよう、見えないところで道を整えておく。そういう支え方は、誰にでもするものではないだろうと、もうセレフィアは感じはじめていた。 その日の夕方、薬草茶を配り終えたあと、ネリサがぽつりと言った。「旦那様は、先に道をあけておくのがお好きなのです」 セレフィアは振り返る。「お好き、ですか」「ええ」 ネリサはいつものように平静だ。 「
セレフィアは、自分の手の中の紙を見下ろした。きちんと整えたつもりの小さな提案書が、急に少し滑稽にも思える。遅かったわけではない。意味がなかったわけでもない。だが、自分が「こうしたらどうか」と考えるその前に、ゼルヴァンはもう、その案が形になるための土台だけを黙って整えていたのだ。 言葉より先に、手を打つ。 それが彼なのだと、頭では知っていた。帳簿の補正の時もそうだった。市場へ下りることも、春までの契約もそうだ。けれどいま、そのことがあまりにも具体的に目の前へ現れると、胸の奥が別の意味でざわついた。「……どうして」 思わず、小さくそう漏れる。 バルタザルは、セレフィアの顔を一度だけ見た。その視線には、わずかなあたたかさがある。老執事らしい、見ていても決して余計には言わぬ人の目だ。「奥方様のお考えが、口にしたまま棚へ上げられぬように」 彼は言う。 「旦那様は先に場を整えておくお方です」 それだけだった。 だがそれ以上、何を言われるよりもその説明が胸へ沁みる。口にしたことが、棚へ上げられぬように。そのために先に予算と人手を押さえておく。形にできるよう、黙って道をあける。 それは命令でも、手柄の横取りでもない。ましてや大げさな「任せろ」でもない。ただ、自分の案が現実へ落ちるための見えない支えだけを、もう先に整えておくのだ。 セレフィアは、ゆっくり息を吸った。 これが彼の愛情なのかもしれない、と、ふと思う。 まだ「愛されている」と言い切るほどのものを、彼から直接渡されたわけではない。甘い言葉もない。二人きりの時に名前で呼ばれ、外套をかけられ、必要だと思うことを先に整えられる。そのどれもが、別に恋の証として差し出されたものではないだろう。彼にとってはただ筋が通っているから、必要だから、そうしただけなのかもしれない。 けれど、それでも。 言葉より先に手を打つ人が、自分の案が埋もれぬよう先に場を整えていた。 その事実は、どんな飾ったやさしさよりも深く胸へ刺さる。「……見に行っても、よろしいでしょうか」 自分でも少し頼りない声でそう尋ねると、バルタザルはすぐに頷いた。「もちろんにございます」 そして、わずかに目元をやわらげる。 「ご自分の案がどう形になるか、見ておくのは大事なことでしょう」 最初に向かったのは薬草乾燥庫だ
戸口に近い側のベンチへ座る者は、どうしても隙間風を受ける。火鉢の熱は中央には届くが、奥の壁際には回りにくい。濡れた手袋を置く棚と、乾いた毛布の置き場が近すぎて、湯気の湿り気が移る。どれも一つひとつは小さい。だが帰還した兵の肩の強張りや、洗濯係の女が保温室から出たあとにまた咳をしていたことを思い出すと、その小ささが気になってしまう。「ここも、少しだけ……」 セレフィアは火鉢の位置を見ながら呟いた。 一緒に来ていたバルタザルがすぐに反応する。「何かお気づきに?」 セレフィアは彼のほうを見た。老執事の目は、いつものように落ち着いている。驚きも否定もない。ただ、言うなら聞く、という静かな構えだ。「火鉢の熱が、入り口の風に負けている気がします」 セレフィアは言葉を選びながら続ける。 「戸口側へ低い衝立のようなものがあれば、少し違うかもしれません。あと……」 視線を棚へやる。 「毛布の置き場を、濡れ物からもう少し離せないでしょうか」 バルタザルは頷き、部屋の端から端まで目で測った。「衝立と、毛布棚の位置替え」 短く繰り返す。 「理にかなっておりますな」 その一言だけで、セレフィアはまた少し胸が熱くなる。理にかなっている。ここでは、それが何よりも大事な承認の言葉なのだ。 そして三つ目は、毛布の配布管理だった。 これはもっと些細なことのように見える。けれどセレフィアには、その些細さこそ放っておけなかった。城の中で使われる毛布は、厚さも織りも少しずつ違う。新しいもの、古いもの、補修されたもの、冬の盛り用の厚手、保温室用の中厚、客間の見た目を損ねぬよう整えられたもの。王都なら、そうした違いはまず「見栄え」と「格式」で振り分けられる。だがここでは本来、使う場と人で分けるべきなのだろう。 ところが実際には、補修に出す時期や戻る順がまちまちで、時折、厚手のものがまだ冷えの残る持ち場へ回らず、逆に軽い来客用のものが余っていることがあるらしい。ミレナが「洗い替えのたび、少し迷うことがある」と小さくこぼしたのが最初だった。 セレフィアはそれを聞いて、数を数えたくなった。 何枚あるのか。どこへ回っているのか。補修中のものは何枚で、次に戻るのはいつか。札をつけるだけで混乱は減るのではないか。色糸一本でも違いがわかれば、夜の配布で迷う時間も減るのではな
雪夜の小屋から戻って三日ほどのあいだ、城の空気は少しだけ忙しかった。 吹雪のあとには、かならず細かな遅れや傷みが出る。山道の様子を見に出た兵が持ち帰る報告、橋板のきしみ具合、荷駄の通れる幅、谷沿いの湿り気。どれもすぐに人が倒れるような大事ではない。けれどそうした小さなずれが、放っておけばじわじわと人の疲れや備蓄の目減りへつながるのだと、セレフィアはもう知っていた。 だから戻ってきた翌日から、彼女は城の中を以前より少し違う目で見るようになった。 東翼の窓際に置かれた薬草の束が、午前と午後で湿り方を変えること。巡回帰りの兵がまず立ち寄る保温室の火鉢が、部屋の端まできちんと熱を回していないこと。洗濯場の女たちへ配られる毛布の厚みが、日によって妙にまちまちであること。どれもぱっと見ただけでは「まあそういうものか」で流せる程度の差だ。けれど、一度気づいてしまうと、その差が誰かの喉や指先や眠りにどう響くのかが、ひどく鮮明に見えてしまう。 それは不思議な感覚だった。 王都にいた頃も、細かなほころびにはすぐ気づいた。姉の返書の癖、帳面の数のずれ、茶会の配分の足りなさ。けれどあちらでその目は、たいてい誰かの見栄えを整えるためだけに使われた。ここでは違う。城の中の小さな乱れが、人を少しでも楽にする方向へ繋げられるのではないかと、自然に考えるようになっていた。 きっかけになったのは、薬草乾燥庫だった。 薬草茶を配るようになってから、セレフィアはしばしばネリサと一緒に乾燥庫へ出入りするようになっていた。最初は必要な瓶を出してもらうだけだったが、やがて束の減り方や、乾燥の具合そのものが気になりはじめる。冬の終わりから春先にかけては喉や胸を守るための茶がよく出る。城の中で働く人間だけでなく、巡回から戻った兵も使う。ならば、乾燥の質が少し落ちるだけでも、効き方も煎じる量も変わってしまう。 その日も、セレフィアはネリサとともに乾燥庫の棚の前に立っていた。 外はよく晴れていたが、乾燥庫の中は陽があまり入らない。高い棚に並ぶ薬草の束と、布袋、瓶詰め。空気は乾いているはずなのに、扉の近くへ寄ると、ごく薄く湿りを含んだ風が流れ込むのを感じる。乾いた葉の匂いの奥へ、木の板が水気を含んだ時のような匂いが、ごくわずかに混じっていた。 セレフィアは一本の束を持ち上げ、指先でそっと葉先を確か







